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          銀の風

         二章・惑える五英雄

―19話・遥かなる星の使者―

4人は備え付けの椅子に座り、ゴルベーザの話を聞くことにした。
「少し前に、フースーヤ伯父が……眠りについていた私と自分の側近を起こしたのだ。」
半年前の戦いが終わると同時に、最後の戦いの舞台となった赤い月は離れていった。
その折に、ゴルベーザも伯父であるフースーヤと共にそこに行った。
そして、そこで長き眠りについていたのだが。
「一体、何故?」
ローザが柳眉をひそめる。
「お前達も知っているだろうが……青き星に、邪悪な気配がある事を伯父が感じ取った。
邪悪な月の民でもない、未知の存在を。」
未知の存在。その言葉で、僅かな可能性として残っていた、邪悪な月の民の残党である可能性が消えた。
とはいえ、選択肢はまだ数多有る。
「未知の存在……と、言うことは、その調査のために兄さんを?」
「察しがいいな、弟よ。まさにその通りだ。」
フースーヤの知識と力を持ってしても、敵の存在は分からないらしい。
しかし、それほどの者らがイナゴの異常発生でもあるまいに、何の前兆もなく現れるものだろうか。
「そっか……それで、いつこの星に来たの?」
「一昨日だ。……しかし、乗ってきた船が着陸の際に故障してしまった。
幸いフースーヤが技師もつけてくれていたから、今は彼らが総力を挙げて修理している。
だがそのせいで、お前達を探すのに少々手間取ってしまったよ。
……四天王を三度蘇らせるほどに。」
『え……?』
四天王。先の戦いで、散々セシル達を苦しめたゴルベーザの忠実な僕たち。
一度敗れた後、ゼムスの手によって蘇った彼らは、セシル達によってまた死に追いやられていた。
それが、今再び蘇ったという。反射的なものなのか、セシル達の表情は険しくなる。
「そんな顔をしなくてもいい。
確かに、先の戦いではお前達の前に立ちはだかったことも多々あるが、あの者らは私の忠実な僕。
周りの者達に危害を加えないように命じているから、安心してくれ。」
思わず苦笑したゴルベーザの言葉に、セシルはほっと胸をなでおろした。
人当たりのよさそうなその表情は、かつて彼が世界を震撼させたとは思えないほど柔らかい。
(ねぇローザ……半年でこんなに変わるのかな?)
極力声を潜めて、隣のローザに耳打ちする。
(……もともとはこういう人だったんじゃないかしら?)
変われば変わるものよね。と、胸中で呟く。
幸い、話に集中している兄弟はローザとリディアの会話には気がついていないようだ。
「失礼。遅くなってしまったの。」
そこに、長老がやってきた。
いつも連れている側近は居ない。恐らく、先に抜けてきたのだろう。
「いえ……早かったですね。」
確かに、さほど時間はたっていないように思える。
あの様子では、ずいぶんかかるかと思っていたのだが。
「そうかの?まぁよいか……。
早速じゃが、話を聞かせてもらってもよろしいかの?」
空いていた椅子に、長老が座った。
「ええ、勿論―――。」
それから、ゴルベーザはセシル達にすでに話してあった内容から順に説明を始めた。


― 一方その頃 ―
どさくさ紛れにミシディアの町を出た一行は、何か乗れそうな生き物を探していた。
勿論歩きながらだが、なかなか丁度いい生き物は見つからない。
「いね〜な〜……。」
先ほどから出てくるのは、何の役にも立たない雑魚モンスターばかり。
思わず、ため息が出る。
「キィィ!」
突然草陰から、ガトリンガが現れた。
フィアスに飛び掛ろうとしてきたため、慌てて彼はまろぶようにかわした。
「わ!また巨大ハリネズミだよ〜。えーい!」
バチンという音を立てて、鋼鉄製のバトルファンがガトリンガの前足に命中した。
バトルファンとは、扇やハリセンに似た形状を持った、金属性の武器である。
扇のように開閉することができ、開いていれば盾代わりにも使うことができる一品だ。
無論、叩かれれば相当痛い。
しかし、それでも相手は懲りずに飛び掛ってくる。
「フィアスちゃん、そいつを叩いたらあかんで!
さ、早く離れるんや。」
リュフタの静止に、思わずフィアスはきょとんとした。
が、言われたとおりガトリンガから離れる。
すると、ガトリンガは何かをくわえてから走っていき、ある一点で止まった。
キューキュー甲高い鳴き声が、少し聞き取れる。
「何だったの?」
不思議そうにアルテマが問う。
「子供がこっちに居たんや。それで、威嚇してきただけやで。」
「なーんだ。じゃあしょうがないね。」
凶暴化して襲い掛かってきたのかと思ったが、違ったようだ。
この魔物に限らず、町から数キロ離れたこの辺りは、
他の地域で魔物が急激に増えだした最近でもわりと静かである。
もっとも、リュフタやルージュに言わせれば、
その分の魔物は試練の山近くに集中しているらしい。
「いじめちゃってごめんね〜!」
フィアスが、離れた場所に居るさっきのガトリンガに声をかける。
返事はないが、耳だけぴくりと器用に動かした。
「おい、馬鹿なことやっている暇があったらお前もまともな乗り物を探せ。
大声を出したところで、よって来るのは山賊か肉食の魔獣が関の山だ。」
冷たくルージュが言い放つ。
きつい顔に合ったきつい物言いである。
「ぶ〜、あやまってただけなのに!」
頬を膨らませてみても、一瞥しただけでさっさと一人で先に行ってしまった。
少々呆れつつも、リュフタがとかフィアスの機嫌を直しにかかる。
「ところでさ、一個聞いていい?」
「何だ?」
ルージュが首だけアルテマの方に向ける。
とりあえず、聞くだけは聞いてくれるということだろう。
「思ったんだけどさ、あんたは羽がある竜なんでしょ?
なんで乗っけてくれないの?」
彼女は素朴な疑問のつもりだが、それを聞いた途端にルージュは露骨に顔をしかめた。
「ふざけるな!誇り高き竜の一員たるこの俺が、
何でお前らみたいな下級生物を乗せなきゃならないんだよ。」
クールなタイプであると思われる彼が露骨に顔をしかめるあたり、相当頭にきたらしい。
どうも、彼的にプライドに関わる話題のようだ。
ついでにドサクサ紛れでリトラたちを下等生物扱いしたが。
「えー、じゃあ、りゅうきしのお兄さんたちのりゅうは?」
フィアスがすかさずつっこみを入れた。
バロンの竜騎士達は、みなそれぞれ竜を持っている。
彼ら竜は、どこからどう見ても竜以外のものには見えないが。
「飛竜の事か?あんなワイバーンの亜種と一緒にするな。
言っておくが、ブレスを吐けない竜は竜族の間じゃただの下級生物だ。
例外的に乗せるとしたら、それはおとなしいグリーンだろう。
他の奴らは、自分より下等なものなんか絶対に乗せないぞ。」
竜族は、気性や特性はばらばらでも皆誇り高い。
強いレッドやブルーなどに限らず、おとなしい白竜やグリーンもプライドは平均して高い。
恐らく、他種族に比べて突出して高い能力を誇るのが一因だろう。
まだ竜としては幼いルージュでさえ、この反応である。
「へー、初めて知ったぜ。」
本気で感心しているらしいリトラを見て、リュフタは盛大なため息をついた。
勉強真面目にやっとらへんな、などとぶつぶつ呟く。
勿論、当の本人は聞いていない。
「ドラゴンがプライド高いって、本とだったんだねー……。」
そういえば、飛竜は他のドラゴンと一緒にしてはいけないという話がある。
理由は、試した人間が最近居ないからはっきりしない。
主な説は、飛竜がドラゴンに食い殺されるとか、両者の精神衛生によくない等のまともな理由。
が、中にはドラゴンが飛竜をいびり倒す等の珍説もある。
互いの相性が悪そうな点については、この話は正しそうだが。
「で、乗せない理由は何なんだよ?」
プライドが許さない。という程度の理由ではリトラは納得しないようだ。
だが、それ以上話を続けたくないルージュは嫌そうに眉をしかめた。
「しつこい奴だな。いっておくが、もう俺の口からは説明しないぜ。」
それ以上その話題を続ける気はない。
そういうように顔を背けると、先頭だったリトラも抜いてさっさと歩いていってしまった。
「あ、ちょっと置いてかないでよ!」
「置いていかれたくなければ、さっさと歩くんだな。」
機嫌が悪いのか、嫌がらせにわざと早足で歩いている。
「いじわルージュ……。」
と、リトラが呟いたとほぼ同時に、
頭めがけて何か固いものが飛んできたのは言うまでもない。



それからしばらく歩いていくと、うずくまって図体に似合わぬか細い声で鳴く巨大鳥が居た。
「どうしたのかな、あのとりさん。」
「あれ、鳥じゃなくてズーじゃないの?魔物だってば。」
通常は黒いズーだが、このズーは少し紫っぽい。
とはいえ、大きさや特徴は他のものと特徴が大差ない。恐らくこれは、巣立ったばかりの若鳥だろう。
「どうも、他のやつとやりあったみたいだな。体中、引っかき傷だらけだ。」
ズーは単独で縄張りを持って暮らす魔物だ。
故に、違う仲間の縄張りに入ると喧嘩になる。
互いに命こそ奪わないが、かなりの深手を負うこともあるのだ。
「え〜、かわいそうだよ〜。」
「せやな〜。けど、むやみに手を出してええものか……。」
難しい顔で、リュフタは考え始めた。
魔物に限らず、野生の生き物は他の生き物との接触を嫌う場合がほとんどだ。
怪我しているとはいえ、襲ってくる可能性も無きにしも非ず。
「ちょっと近づいてみるで。」
リュフタは、ふわふわと空中に浮いたままズーの若鳥の近くに寄ってみた。
少々威嚇するような声を上げてきたが、それ以上は手出しをしてこない。
「だいじょうぶ?」
フィアスが心配そうに尋ねる。
「大丈夫みたいやで。」
その言葉に安心したのだろう、フィアスは真っ先に駆け寄っていった。
その後に、何を考えてかアルテマも近寄っていく。
「ほら、じっとしてな。」
そう言ってアルテマは、懐からハイポーションのようなものを取り出した。
球状の容器封を切り、中の液体を大きな傷口にかけてやる。
そこから浸透した薬は、たちまち他の傷も塞いでいった。
「ピューィ。」
やはり図体に似合わぬ嬉しそうな声を上げ、アルテマに顔を摺り寄せてきた。
「わっ。ちょっとちょっと、羽がかたいってば。」
アルテマは驚くものの、まんざらでもなさそうだ。
単純な頭というべきかどうか、どうやらズーは結構なついたらしい。
そこに、さらにルージュが生の骨付き肉を放ってよこした。
今度は飼いならすつもりだろうか。
「ごはんあげてどうするの?」
腹も空いていたのだろう、勢いよくがっついている。
「それより、お前どっから出したんだよあの肉……。」
恐らく、この世の七不思議の1つに数え上げてもいいくらいのバッグを持っているリトラが、
あまり説得力のない突込みを入れる。
「気にするな。あれはその辺に転がってた死体だ。」
『何の?』
すでに半分以上食べられている何かの肉を横目に、3人と1匹は異口同音に尋ねた。
尋ねている間にも、ものすごい勢いで肉は目減りしていく。
「人……」
『ぎぃやぁぁーーーー!!!』
ルージュが言いかけた途端に上がる絶叫。
全員、毛が逆立つような勢いである。幻獣のリュフタは本当に逆立っているが。
「会った時から思ってたけどよ!やっぱお前サイテー野郎だなおい?!
い、いたいけ?な魔物に何つーもん食わしてんだよ!!」
魔物にいたいけもくそもあるのかとルージュが心中で呟いたが、それは当然届くはずもない。
「ちょっとぉあんた!!あ、あたしが人間なの知っててやってるわけ?!!」
「うわーん、きもちわるいよ〜。」
ぎゃんぎゃんわめくアルテマとフィアスの後ろで、こっそりリュフタは吐き気を催していた。
「うぅ……うちちょっとあっち行ってくるわ……。」
程なく、とても食事中の相手には聞かせられない音が茂みから聞こえてきた。
が、幸いなことにこちらの大騒ぎにかき消されてほとんど聞こえない。
「お前ら、完璧に勘違いしてるから言っておくけどな……。」
耳元で散々わめき散らされ、よほど我慢できないのか片耳をふさぎつつルージュがぼやく。
『何を?』
条件反射か、聞き返したことで一旦騒ぐ声が収まった。
今更何を言うつもりだとアルテマは眉を吊り上げ、
今度は何だと言わんげにリトラはやる気のない視線を送る。
ちなみにフィアスは、茂みのリュフタをちらちら気にしていた。
そして、間を置いてルージュが言葉を継いだ。
「俺があのズーにやったのは、人じゃなくて人喰い魔物の肉だ。」
さらりと耳を掠めた言葉に、短気な二人の何かが切れた。
『紛らわしいことを言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
「クー……グィー……。」
怒髪天をついた、リトラとアルテマの声のボリュームは凄まじい。
至近距離での異口同音の絶叫に、ズーは迷惑そうに一鳴きした。



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まず……お食事中の方ごめんなさい。
ブラックジョーク好きなんです……結構。(おい
それにしても、ガキどもは良く騒ぎます。子供だから仕方ないけど……。
一方、今回は動きがほとんどなかったセシル一行。次回は、四天王のうちお二人がお目見え予定。